ジャガイモの基礎知識 

  ジャガイモ(学名:Solanum tuberosum L.、英名:potato、potatoe)は、地下茎を食用として利用します。ナス科ナス属の植物です。 ジャガイモは、地下にある茎の部分(塊茎)を食用に使います。でんぷん原料として利用されたり、そのほかは単純に加熱調理して食されます。 涼しい場所に保存した方がよいようです、なぜなら温度の高い所に保存すると暗くても発芽しやすいためです。 また毒性成分を緑化した塊茎や芽に持っており、その毒性成分にはポテトグリコアルカロド(ソラニンなど)が多く含まれて中毒の元となります。 原産は南アンデス山脈の高地だといわれています。ヨーロッパにはスペイン人により16世紀にもたらされました。このヨーロッパへの船による運搬 の途中で船員がジャガイモの芽を食べて毒にあたったために「悪魔の植物」と呼ばれたそうです。観賞用としてジャカルタ港よりオランダ船によって 1600年ごろに日本にもたらされたといいます。 日本ではメークインと男爵薯のこの2つが二大品種として多く栽培されています。栽培・出荷の時期などについては九州の長崎などでは冬ごろに 植え付けをして春ごろに出荷をします。北海道では夏の終盤から秋にかけて収穫されます。また最大の産地として有名です。
チチカカ湖というペルー南部に位置する湖の畔がジャガイモの発祥とされているそうです。現在世界中で広く栽培されているのは染色体数24本 の四倍体のSolanum tuberosumだそうですが、一番初期に栽培化されたのは染色体数24本の2倍体のSolanum stenotomumのジャガイモでした。 15~16世紀ごろのインカ帝国の時代に、ヨーロッパ大陸にジャガイモがヨーロッパ大陸につたえられたといいます。インカ帝国は食の基盤は最初は トウモロコシなのではないかと推測されておりましたが。数々の研究結果によって食の基盤はジャガイモであったことが分かってきました。研究の 内容は食生活の解析や気象地理条件、マチュピチュの段々畑の史跡研究、ワマン・ポマが残した記録、などによります。 しかしながら、「誰が」「いつごろ」伝えたのかについてははっきりとは分かっておらず、1570年ごろに本国にジャガイモをスペイン人が持ち帰ったといわ れています。兵士たちや船乗りたちが新大陸の「お土産」としてもってかえったのであろうと考えられています。その後、ヨーロッパ諸国にスペインから 1600年ごろに伝えられますが、この伝わり方にもいろいろな説があります。 また、食料としてヨーロッパの一般家庭の食卓にジャガイモがお目見えするのはもっと後のことになります。植物学者の菜園栽培が主であったそうです。 この16世紀から17世紀ごろは。 その後、アメリカ独立戦争において貴重な食料となって兵士たちに喜ばれたように、アイルランド移民によってジャガイモはアメリカへと18世紀に 伝えられたそうです。 アイルランドでは、小作農家達によって生産性の高いジャガイモが多く栽培され始めました。その理由は、地代を地主に納めなくてもよい自分の庭 地でも育てられたからです。それまでは麦を主に栽培していましたそうです。 寒冷地でもよく育つジャガイモはアイルランドの人口の増加を支えました。3割以上の人口がジャガイモに依存する状態になっていたそうです。 貧農層がジャガイモを積極的に育てたからです。 ところが、ジャガイモの疫病がヨーロッパ全土で1845~1849年の4年間の間に発生しました。とんでもない被害がでました。アイルランドでは数多く の餓死者を出しました、100万人を超えたといいます。被支配者層のアイルランド人がジャガイモを主食としていたために起こった出来事です。 なお、合計200万人以上がオーストラリア、カナダ、イギリス、アメリカなどへ移住したといわれています。アイルランド人移民の中でアメリカに渡った 人々は特に政治の世界に、もしくは経済界に影響力をもつようになっていきました。ケネディ家の祖先もこのアメリカ移民の中にいたそうです。 庶民の食べ物としてとてつもない普及をジャガイモはしました。ジャガイモ飢饉があったにも関わらずです。鳥害にもさらされず(地中に作られるの で)、年に複数回の栽培が可能で、寒さにもつよいからです。 ジャガイモは「世界四大作物」としてトウモロコシ、米、麦と並んでその地位を確立しました。また、「小麦の三倍の生産量がある」と「国富論」において アダム・スミスは高く評価しています。
ジャガイモは江戸時代には日本でもすでに栽培されており。(「甲駿豆相採薬記」)には甲斐国黒平村(甲府市)において小野蘭山が享和元年 (1801年)にジャガイモを栽培したと記されており、また中井清太夫という甲斐国の代官が江戸後期にジャガイモの栽培を奨励したと記されています。
イモ類で主食とされるものの中では全世界においてのジャガイモの生産量は、2005年においては、3億2310万トンと最も生産量が多いと国際連合 食糧農業機関 (FAO) の統計資料 (FAOSTAT)によって報告されています。日本の生産量は275トン(世界シェア0.85%)で、おもな生産地域は ヨーロッパとアジアが4割ずつを占め中緯度から高緯度北部に分布しています(インドをのぞく)。 1位.(22.7%) 7346万トン 中国 2位.(11.5%)3728万トン ロシア 3位.(7.3%)2363万トン インド 4位.(6.0%)1946万トン ウクライナ 5位.(5.9%)1909万トン アメリカ合衆国 6位.(3.6%)1162万トン ドイツ 7位.(3.2%)1037万トン ポーランド 8位.(2.5%)819万トン ベラルーシ 9位.(2.1%)678万トン オランダ 10位.(2.1%)668万トン フランス 北海道が全国の8割近くを占めており生産量は約213トンです。(農林水産省の統計資料による平成20年度の都道府県別生産高より) 1位.(77.7%)213.1万トン 北海道 2位.(4.0%)11.0万トン 長崎県 3位.(3.3%)9.0万トン 鹿児島県 4位.(1.4%)4.0万トン 茨城県 5位.(1.2%)3.4万トン千葉県
里芋、サツマイモ、ジャガイモ、のいずれかを「芋」という言葉から日本人が思い浮かべるほど一般的な食材です。よって、様々な呼び方があります。 まず「馬鈴薯(ばれいしょ)」という呼び方についてですが、中国語で読むとマーリンシュー(mǎlíngshǔ ピン音 )と発音し、中国の呼び名の一つと漢字 が同じです。小野蘭山という日本人が18世紀に名前をつけたと言われていますが、小野蘭山が名付けた名前が中国に伝わったのか、新しく付けた 名前が偶然に中国名と同じだったのか、はたまた、中国名をそのまま取り入れたものなのかは明らかにされていません。その他の説では「マレーの芋」 という意味からこの名前が名付けられたというものや、馬につけている鈴にジャガイモの形が似ているということからこの名前が付いたという説もあり ます。 中国ではそのほかの呼び名としては、「薯仔」(シューザイ)、「洋芋」(ヤンユー)、「土豆」(トゥードウ)、などという呼び方もあります。 そのほかには地方名「ごしょいも」「南京イモ」と呼ばれることもあります。また、「さんどいも(三度芋)」「にどいも(二度芋)」ともよばれています。1年に 2~3回収穫できるからです。さらには、「きんかいも」とも呼ばれています。(「きんか」とは金柑からきて禿げのことです)。 また「お助けイモ」と呼ばれたこともあります。これは江戸時代に何度となく起こった飢饉の時に米などの穀物の代わりとして食されて、飢饉からジャガイモ によって救われたという記録が残っているためです。ジャガイモは、やせた土地や寒い地方などでも栽培しやすく、また、簡単な調理方法(ゆでるなど) で食べられて、しかも。でんぷんやビタミンCが多く含まれており、熱してもビタミンCがでんぷんに保護されて壊れにくいのでとても重宝されました。 なお、ある地方では、「清太夫芋」「善太芋」とも呼ばれていました。これは飢饉のときにジャガイモを広めた代官の名前が由来だといわれています。 そのほかには、「カンプラ」「アンプラ」「アップラ」という呼び名もあります。これはaardappelというオランダ語が由来とされています。 スペイン語のpatataはbatataというタイノ族の言葉でサツマイモを意味する言葉が変化したもので、英語のpotatoの語源はこのスペイン語のpatata が語源だといわれていわれています。また、ケチュア語というジャガイモの原産地で古来から使用されている言語ではジャガイモのことをpapaという そうですが、この単語は中南米スペイン語でそのまま使用されています。あと、papaはローマ法王を表す単語と同じであったために、これを避けるために patataに変遷したともいわれているそうです。