フランス

王妃マリー・アントワネットにルイ16世が夜会にジャガイモの花を飾って出席させることによってジャガイモに貴族の関心をあつめさせました。これは アントワーヌ=オーギュスタン・パルマンティエ(Antoine-Augustin Parmentier)というフランスの農学者が自身のプロイセンでの捕虜時代に知った ジャガイモを広めようとルイ16世に提言したことによります。 しかしながら、国民の間ではとても最初は食用としては他の国々と同じく受け入れられませんでした。これに対して、見張りを夜はわざと誰も付けずに 昼間だけ厳重に衛兵に王が作らせたジャガイモ畑に厳重に警備させるという策略をパルマンティエは国中にジャガイモを広めるためにおこないました。 その結果、ジャガイモを盗みに夜中に畑に入る者が現れ始めました。そこまで厳重に王が守らせるからにはさぞかしうまいものなのだろうと考えた からです。そして、民衆の間にジャガイモは広まって行きました。パルマンティエのもくろみはまんまと成功したわけです。 これをうけて、「パルマンティエ」の名がフランスのジャガイモ料理には付くようになりました。「(Hachis Parmentier)アッシ・パルマンティエ」キャセロ ールというマッシュポテトと牛のひき肉え作る料理が特に有名です。